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さて三日ぶりくらいの更新です。

今回のSSは、トリスケリオンP様のSS企画一枚絵で書いてみm@sterの参加作品です。

言い訳はしませんが聞いてください。マジでほんとはもっと短くなる筈だったし、きっちりふたりの歌姫を出す予定でしたが、仕事やら何やらで気付いたら本気モードになったのが締め切りの三日前でね・・・ふふふ・・・

ということで今回のSSは甚だ中途半端でありますが
「ようせいやよいのだいぼうけん:ようせいやよいとふたりのうたひめ」
のプロローグから第二章までと相成ります。続きは近々必ず。

あとそろそろmixiのアイマス百合SSコミュのSS企画「一曲聴いて書いてみm@ster」用のも書かなきゃ。

時間ねえ。なぜならGWは半分以上仕事だから。

でもMBFはいくお(^ω^ )

それでは長くなりましたが、以下SSです。






◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ようせいやよいのだいぼうけん:ようせいやよいとふたりのうたひめ




 プロローグ


 昔々のそのまた昔、一周廻ったずーっと昔。

 この世界には人間や動物ばかりでなく、おばけや幽霊はもちろん、言葉にできない不思議な生き物たちがあふれかえっておりました。人語を介する植物や人間と動物の中間のような者、大小様々な神様なんていうのもいたりして、それでも皆はお互いのことをよく理解し合い、仲良く楽しく暮らしていました。
 けれどたくさんの命があるということは、たくさんの喜びと一緒にそれ以上たくさんの悲しみもあるということ。この世界には、そうしたつらいことを影から陽向からこっそりちょっぴり手助けして、みんなに笑顔を届けることをお仕事にしている『妖精』という存在がありました。
 このお話は、誰もがもっている明るい気持ちをもっと明るくしてあげたり、誰もが感じている悲しみを少しでも軽くしてあげようと頑張る、とある元気な妖精の女の子のお話です。



◆  ◆  ◆



いち:しゅっぱつ



 朝陽が空と地面を照らし、群青色の夜に沈んでいた深い森を鮮やかな緑色に塗り替えていく時刻のこと。草木も花も動物達もゆっくりと活動始め、今日もまたこの世界の一日が始まります。
 この森の中心には、ナムコという葉っぱの大きな植物のそれはそれは立派な大木が立っていました。樹齢は765年。年中暖かで穏やかな気候に包まれているこの森に更にたくさんの命を根付かせた大切な、守り神のような樹でした。
 その袂や所々にある虚の中には妖精達が住んでおり、村が出来上がっていました。
 その村の村長さんであるタカギさんは、毎朝この時間になると二つの日課をこなします。ひとつめは自分のお部屋の窓を開けて、眼下から朝ご飯の材料集めに森へと飛び出して行く妖精の子ども達を見守ることでした。笑い声をあげたり、時々おしゃべりに夢中になって木の枝にぶつかりそうになりながら、みんな仲良く花の蜜や木の実を拾いに出て行きます。
 
 「仲良きことは、美しきかな……だな」

 タカギ村長はそんなみんなの笑顔を見ることが何よりも大好きでした。
 因みにタカギ村長は、妖精の中でも特に長生きでいろいろな事を知っている精霊という存在でした。何の精霊かと言えば、それは彼の渋い声や真っ黒なシルエットから察するに、木炭あたりの精霊だと思われました。黒くても中身はとてもきれいなタカギ村長は、村のみんなから慕われる良い村長さんでした。
 さて、そのあとふたつめの日課を済ませにタカギ村長はナムコの大樹の一番下、地面に突き出した一番太い根のところまで降りていきます。
 そこには小さなお家があり、五人のひまわりの妖精の姉弟が住んでいました。
 普通の妖精は一人前になるまで(何を以て一人前とするかはその妖精の役割によって異なりますが)親と一緒に暮らすのですが、この子達の両親は随分前にこの村に立ち寄ったとき、ふたりの本当に小さな女の子と三つのひまわりの種だけを残して、何処かへいってしまったのでした。
 だから五人のうちで一番上のお姉ちゃんが下の四人の親代わりになり、下の子たちもお姉ちゃんを尊敬して仲良く助け合って暮らしていました。一番上のおねえちゃんがやよい、二番目のお姉ちゃんがかすみ、その下にちょうすけ、こうたろう、こうじと男の子が三人続きます。こうじはつい最近ひとりで飛べるようになったばかりで、人間でいうと大体二歳か三歳くらいにあたります。まだまだ甘えん坊で手のかかる年頃です。
 そういうわけで、いくら妖精とは言え子どもたちだけで暮らすというのも大変なこと。村の妖精たちみんなを自分の子どものように可愛がっているタカギ村長は、何かと心配して毎朝こうして彼女らの様子を見に来るようにしていました。
 そして今日に限って言えば、別の目的もありました。

 「おはよう、諸君」
 「あ、村長さん!おはようございます!」
 「おはよーございます!」
 「おはよーございまーす!」
 「おはようごじゃいましゅ」

 やよいを抜かした四人分の元気な挨拶に『うむ、元気いっぱい大変良い挨拶だな!』と満足げに笑いながら、黒いシルエットが扉を開けて顔だけ部屋の中を覗きます。あまりの黒さに初めはよく泣いていた下の子二人も、今ではすっかりタカギ村長に懐いて泣かなくなりました。

 「朝食は……済ませたようだね。君たちはいつも早起きでえらいねぇ」
 「早起きは三文の得!貧乏暇なしです!」
 「でーす」
 「ですー」
 「でしゅ」

 タカギ村長は四人の言葉に笑います。それから上着がよだれでテカテカになることも構わずに、とててと足元に走り寄ってきたこうじを抱き上げて、二番目のお姉ちゃんであるかすみに尋ねました。

 「やよい君は仕度中かね?」
 「はい、奥で着替えてます。そろそろじゃないかな……あ、やよいおねえちゃーん!」

 部屋の奥の扉が細く開いたことに気付いたかすみは、そこから出てくる自分のお姉ちゃんの名前を呼びます。

 「あ、村長! ……おはようございます」

 やよいは部屋から少しだけ顔を覗かせてタカギ村長に挨拶をしました。部屋の中と外で同じような姿勢になっている二人が面白かったのか、ちょうすけとこうたろうがけらけら笑います。タカギ村長は何故だか顔を赤らめているやよいの様子に首を傾げた後、何か合点がいったように『うむ』と頷きました。
 
 「仕度は出来たようだね。恥ずかしがらずに早く出てきた皆にお披露目といこうじゃないか」
 「あ、あのぅ……村長、なんだかはずかしいです……」
 「照れることはない。その服は今日の為にわざわざ君に似合うようにと、ことり君が特別に仕立ててくれたオーダーメイド品だ」

 タカギ村長が言う『ことり君』とは、村長の仕事を手伝いながら村の皆の面倒を見てくれているジムインミドリという種類の鳥の妖精のお姉さんのことでした。趣味は妄想と男女問わず可愛い子を捕まえての着せ替え遊びで、特に気合が入っているときは今回やよいに作ってあげたような特別な服も完全オーダーメイドで作ってくれます。結婚適齢期も間もなく臨界を迎えるというのに全くブレることのないそのバイタリティは一体何処から来るのでしょうか。因みに朝が苦手なことりさんは、今はこの場に来ていません。

 「え、えーとぉ……」

 やよいはおずおずとゆっくり扉を開けてみんなのまえに出てきました。
 ゆるくウェーブした茶色のセミロングの髪をツインテールに結わえてひまわりの髪飾りを着け、黄色地にオレンジ色の細かな格子模様の入ったキャミソールドレスと濃いオレンジ色の膝まであるロングブーツ、薄いピンクのオーバーにーソックス。そして腰にはドレスと同色のストライプの入った大きなリボンが揺れています。
 まるでやよいの小さなからだから溢れ出した元気がそのまま彼女を包み込んでいるようで、その場にいたみんなが思わず笑顔になるほど、それは彼女によく似合っていました。

 「ほぅ、なんと愛くるしい姿だ……ティン!と来た!」
 「おねえちゃんすっごく似合ってるよ! ねえ、みんな?」
 「おねえちゃんかわいい!」
 「……う……そ、そうかな?」
 
 皆に褒められて照れてしまったのか、やよいは胸の前で手のひらを合わせて初々しく恥ずかしがります。そんな彼女の姿に穏やかな笑顔を浮かべていたタカギ村長でしたが、コホンと一つ咳払いをしてもとの渋い黒さに戻ると、真面目な声音で話を先に進めました。

 「さて。それではもう一度、君がこれからするべきことの説明をしておこう。やよい君、よろしいかな?……おお、そうだ。弟君たちの分まで、かすみ君もしっかり聞いておいてくれたまえよ」
 「はぁい!」
 「はい、村長さん」
 「我々妖精という種族は、君達も知っての通り世界中に生きる総ての命が持つ『正の気』と『負の気』の総量のバランスを保つという役割を担っている。要するに、放っておくとどんどんと増えてくる悲しみや孤独といった暗い気を、その者の行いや願いにほんの少しだけ干渉して、それが明るく良いモノに変わる手助けをしてあげる、ということだ。ここまでは良いかね?」
 「はい」
 「干渉するといっても、のべつまくなしに関わればよいというものではない。何よりそうされる事をその者が望んでいることが第一条件であるし、妖精個々人にも関わる内容に得手不得手があるだろう。それぞれに性格や立場が異なり、個性があるように、自分に適した手助けの仕方というものがあるのだ。また、その者が持つ負の気が予想以上に大きかったなどということもままある。一口に干渉といってもなかなか難しいものなのだ」
 「そうですよね。私、頭たくさん使うことだったり難しい勉強のお手伝いしたりとかは絶対出来ない気がするし……もちろん一度関ったらぜったい途中で投げたりはしないけど……自分のできるやり方で元気にしてあげれば良いってことですよね?」
 「そうだ。だから誰をどのように手助けするのか、その者が本当に我々の介入を必要としているのか、そしてどの様にすれば最も良いかたちで役割を果たす事が出来るのか……それらを全て見極められるようになって初めて、一人前の妖精になった、ということになる」
 「はい」
 「というわけで大体君と同じくらいの年頃になると皆一年か二年か或いはそのままずっとか、世界を自分の目で見て回る旅をする。と、いうのが我々の通過儀礼というべきものなのだ。今日でこうして話して聞かせるのも最後かもしれんのでな、多少言い方が難しかったかもしれないが、ここまでも大丈夫かね?」
 「はい、大丈夫です!」
 「でもおねえちゃん……何度も話してわかってることだろうけど、きっとたくさん大変で、怖いこともいっぱいだよ。ほんとうに大丈夫? ……みんな心配してるよ」
 「かすみ君の心配も至極尤もだが、無論、なんの準備も無しに出発させるわけではない。その服はいざというとき身を守る為に強力な魔法の糸で拵えられているし、私からの餞別のこの腕輪とアンクルリングにも……おや、どうやら部屋に置いてきてしまったようだな。ふむ」

 タカギ村長は自分と同じくらい黒い上着の胸元に手を入れて何やらごそごそとその辺りを掻き回しましたが、生憎と目的の物を持って来忘れたようでした。

 「それにまだ幼い妹弟達を残して行くとうのは辛く甚だ心配な事だろうが、この子達のことは私と村の皆が責任を持って預からせてもらう。それになにより……予てからのやよい君の考えの通り、ご両親を探す為には世界中を巡ってみることが必要だろう。手がかりも無く、ということは些か厳しいかもしれんが……な。まぁ、旅の途中で一休みしに戻って来ても構わないのだから、始めのうちはあまり気張らずに頑張りたまえよ」
 「はい!」
 「それでは、私は一度忘れ物を取りに家へもどるよ。出発前に姉弟同士で話しをする時間も必要だろう。……そうだな、昼過ぎにことり君も連れてもう一度来る事にするよ。それまで暫く待っていてくれるかね?」

 わかりました、というやよいの返事を聞いてから、タカギ村長は自分の家へと戻って行きました。
 ふぅと一息吐くやよいの横顔を、かすみとちょうすけがやっぱり心配そうな顔つきで見つめています。昨日の夜たくさん話をしたとはいっても、すぐ目の前まで出発の時間が迫ってきていることはやはり寂しく感じられたようでした。 
 「ねえ、やおいおねえちゃん。おとうさんとおかあさん、みつかるかな?」

 よたよた歩くこうじの手を引きながら、心配顔のちょうすけがやよいにそう尋ねました。
 彼らの両親がこの森を訪れたとき、やよいはまだ四歳くらいで、かすみも今のこうじよりももっと小さいほんとうに赤ちゃんな年頃でした。両親がまだまだ甘えたい盛りのやよいと目も開かないようなかすみと、きらきら輝くひまわりの種を三つだけ残して去ってしまった為に、下の四人は自分のお父さんとお母さんの顔を知らずに育ったのです。
 やよいはお姉ちゃんでありながら、お母さんのように優しく、ときにはお父さんのように厳しく妹弟達を見守っていました。だからみんなさみしくはありませんでしたが、それでもお母さんやお父さんに会いたいというのは五人全員の願いでした。

 「だいじょうぶ。おねえちゃんはお父さんとお母さんの顔、ぼんやりだけど覚えてるから。それにおねえちゃんが着けてるこのひまわりの髪留めはもともとおかあさんがくれたものなんだ。あんまりちゃんとは覚えてないけど、さみしくなったらこれをお母さんだと思いなさいって。だからきっと、この髪留めを持って探したら、案外すぐ見つかるかもね!」

 そう言って笑ったやよいに、みんな安心したような表情になりました。本当はさみしくても、そう言わずに大丈夫だよと言えるのがやよいのおねえさんらしさなのです。けれどせっかくちょっぴり立派に決めたつもりだったのに、出発準備のためにひとりだけ朝ご飯を済ませていなかったやよいのお腹が『ぐうぅ』と鳴り響いてしまいました。そのあまりにも大きな音に、みんなも少し間を置いてから大笑いしました。



――。



 そうこうしているうちに、あっという間におやつの時間は過ぎ、日差しがじんわりと温かさを増す時刻になってしまいました。

 「それでは、いよいよ出発だな。これを、もって行きたまえ」

 森の入り口のところまでやよいを見送りにきたタカギ村長は、そういいながら籐編みの小箱の中から腕輪とアンクルリングを取り出しました。左右二つの腕輪には大きな翡翠が一つずつ、アンクルリングには小さな魔法石がいくつも鏤められていました。

 「この腕輪は、君の魔法力を高める効果がある。アンクルリングも同様だ。しかし、もともと魔法力とは精神の力。様々な経験を積んで精神的にも大きく成長すれば、それに伴って魔法力も大きくなる。それまでは決して、自分の力を超えるような大きな魔法を使おうとはしないようにな。魔法力が足りなくなれば、倒れてしまうこともあるのだからね。……ことり君も何か伝えておきたいことはあるかね?」
 「はい、村長。やよいちゃん……ああんもう! やっぱり私の見立てた通りですっっっっごく似合ってるわ! 食べちゃいたいくらい! ……じゃなくて、私の作ったお洋服はミニモーニングといって、ちょっと特別な糸と布で作ってあるの。だから、普通の寒さも暑さも余り感じなくしてくれるわ。それに汚れたり破けたりしてもお水をかけて朝方にお日様の下に出しておけば、お昼くらいまでに綺麗に元通りに直るのよ。すごいでしょ?」

 はぁはぁと鼻息の荒いことりさんは、余程やよいのその姿が気に入ったのかがばっと抱きつきながら話をしています。けれどあまりのテンションの高さに若干引いているタカギ村長とは違い、やよいは満面の笑みを浮かべてありがとうございます、と大きな声でことりさんにお礼を言いました。やよいはとてもいい子なのです。

 「それから……実際に誰かを手助けできたら、この種を近くに植えなさい。もとはナムコの樹の種子だが、君の助けになるように向日葵の種と混ぜておいた。この種が数多く芽吹けばそれがそのまま君の魔法力の足しになっていく。それに何処でも咲かせる事の出来るものだから、その花を見たたくさんの命たちにも笑顔を分け与えられるだろう。持っていきなさい」
 「あう……なんだかもらってばかりですみません……それに四人の事までお願いしてしまって……」
 「気にすることは無い。君は私の、いや、君達姉弟はこの村の全ての者の娘であり息子なのだ。旅に出る我が子に助力を惜しんだとなれば村長の私が皆から叱られてしまうよ。なぁことり君?」
 「ええ、村長の言うとおりよ。やよいちゃんこそからだに気をつけて、風邪なんかひかないようにね? お姉さん、いつも心配してるわ」
 「えへへ……ありがとうございます。ほら、みんなもお礼を言いなさい。それからおねえちゃんがいなくてもしっかりがんばって、村長やことりさんや、村のみんなと仲良くしているんだよ?」
 「はーい!」

 やよいの言葉にみんなは良い返事を返します。まだまだ小さい妹弟達ですが、誰一人泣くことはありませんでした。やよいが頑張れるように笑顔で送り出してあげようと四人が約束をしていたからですが、下の子三人の傍らに立つかすみも立派にやよいの代わりを務めようとしているようです。それが嬉しくて頼もしくて、やよいはかすみの頭をそっと撫でてあげました。

 「それじゃあ、そろそろいきますね」

 言葉と同時に目を瞑ったやよいの背中からは光の粒が溢れ、それはやがて美しく集まって形を成し、薄いピンク色の羽根へと変わりました。ぴんと張った羽根をふわりと羽ばたかせると、やよいの身体はすうっと宙に浮かびます。

 「やよい君!」
 「はい」
 「人間という生き物の中には、歌や踊りで人々を元気にしたり、夢や幸せを与えたりする『アイドル』という仕事を持つものがいるのだよ。やり方は勿論異なるが、君も様々なものに幸せを与えられるような、妖精の『アイドル』を目指したまえ! 君なら出来ると信じているよ!」
 「あいどる……みんなを幸せに……はい、私、がんばります! それじゃあみんな、いってきまぁーす!!」
 「おねえちゃん気をつけてねー!」
 「いってらっしゃーい!!」
 「おみやげ楽しみにしてるからね~」
 「ばいばーい!」
 
 振り返って手を振った後、やよいはくるりとみんなの頭で円を描くように舞いました。そのまま森の入り口から外へとまっすぐに飛んで行き、やよいの姿はあっという間に見えなくなりました。

 「行ったか。さて……君達姉弟は本当に強い子達だね」

 そう言いながらタカギ村長はこうたろうとこうじを抱き上げ、ことりさんはかすみとちょうすけの肩を静かに抱きしめました。やよいの姿が見えなくなった後、四人はようやくぽろぽろと大粒の涙を流して泣きはじめたのでした。
 太陽が青空の真ん中であくびをして、そのすぐ隣を綿菓子のような雲がゆるゆると流れていきます。六人はしばらくそこに並んだまま、やよいが飛び去った先の空を眺めているのでした。



――。


 これはやよいが旅に出る二年ほど前、この世界のどこかの、真夜中の紺色と月光の白金に染まった海岸での出来事です。

 「そう、もう行くのね」
 「うん、ごめんね……」
 「謝ることはないわ。人間は私達と違って色々と大変なのでしょうから。ただ、貴女のお父様とお母様にはよろしく伝えておいてね」
 「うん。ありがとう。……あのね、次に引っ越す街はとっても大きいんですって。今の村とは比べ物にならないくらい。だからね、私、そこで頑張ってみようと思うの。夢をかなえるために」
 「そうね、歌い手になるのが貴方の夢だったわね」
 「うん。でもね、ただ歌うだけじゃないの。私もあなたと同じように歌が大好きだから、私の歌を聞いてくれた人が笑ってくれて、歌が嫌いな人にもたくさん聞いてもらえるような、そんな歌い手になりたい。どんなに小さくてもいいから、私の歌で誰かを笑顔にしてあげたい」
 「そうね。……ふふふ、それじゃあ私がいなくても、音程をしっかり取れるようにならないとね」
 「あ、ひどいんだ!大丈夫だもーん」
 「ふふ、冗談よ。……私はここから動くことはできないけれど、いつか風の噂で貴女の名前が聞こえてくることを期待するわ。貴女の夢が叶うまで、私も毎日貴女が好きだった歌をここで歌って待っているから。頑張りなさい」
 「うん、ありがとう。絶対夢を叶えて、またここに帰ってくるから。それまで、私のこと、忘れないでね……?」
 「馬鹿な子ね。貴女みたいに手の掛る子、忘れたくても忘れられる筈ないでしょう」
 「うん……うん……ぜったい、やくそくね。ぜったい。ばいばいって言わないから……帰ってくるから……離れてもずっと友達ね……」
 「ええ。ずっと、ずーっと、友達よ」
 「……ぐすん……泣かないつもり、だったのに……ひっく……」
 「ふふ。次に会うときは、その泣き虫も治っていると良いわね。それじゃあ、いってらっしゃい」
 「うん…私、頑張るね。いってきます、ちはやちゃん」

 夜風に背中を押されたように、赤いリボンを二つ結んだ女の子が砂浜に背を向けて走りだしました。彼女が零した涙は月明かりを反射してまっすぐに伸びていきます。先程まで彼女と話しをしてい人影は、寄せては返す波間にひっそりと佇んで伸びてきた光を受け止めました。
 大きな満月を背負って海に佇むその人影の顔は見えません。けれど、どうやら目を瞑っているらしいその者の頬にもまた、一筋の涙が光っているようでした。 

 「いってらっしゃい……はるか」

 透き通るように美しい声が、白砂と蒼に染まる海辺に沈んでいきます。 
 これはやよいが旅に出る二年ほど前、この世界のどこかの、真夜中の紺色と月光の白金に染まった海岸での出来事です。



◆  ◆  ◆



に:にんぎょのうたごえ



 「わぁ……」

 どれほど目を凝らしても終わりが見えないほど青く蒼く広がる景色に、やよいは小さく声を上げるのが精一杯でした。
 世界を見て回る為に村を出てからちょうど一ヶ月。ずっと幼い頃にナムコの村に来て以来、大樹の森から外にでることも無く暮らしてきたやよいにとって、この一ヶ月の間で目にした生き物たちや風景、世界のカタチは本当に驚かされるものばかりでした。
 中でも今彼女の目の前の景色の大半を占めているこの広い、広いなんて言葉では到底言い表せない程広い『海』という水溜まりは、それまでに見たどんなものよりも強く自然の力を感じさせました。

 「これが海なんだ……す……すっごーい!」

 ゆるゆると吹き付ける潮風に髪を靡かせながら空中のやや高いところで辺りを見回していたやよいは、羽根をきゅっと畳んで砂浜へと降りていきます。細かな砂粒の上に片足だけをそっと降ろすと、さくっと小気味よい音を立ててやよいの小さな足跡がしっかりそこに刻まれました。
 自然の成すがままに整えられた砂浜には今やよいが残したもの以外の人工的な痕跡は無く、近隣に街や村もないことから、ここは滅多に誰も訪れない場所なのだろうとやよいは思いました。
 同じリズムでざあざあと響く波の音。遠くになるに連れて深さを増していく海の青。何もかもが初めてで嬉しくなったやよいは、たっぷりと水分と潮の香りを含んだ空気を胸一杯に吸い込んでから、少し砂浜を歩くことにしました。
 普段はタカギ村長から『大型の動物などからエサと間違われて襲われないように』と教わった通り魔法で姿を隠しているのですが、幸いここには何かキケンなものが居る様子も無かったので、そのようにする必要もなさそうです。
 しばらく海風と暖かい太陽を楽しんだやよいは、歩みを止めて適当に平らな石の上に座ると、腰のリボンの内側に仕舞ってあるぽち袋から魔法の種を数粒取り出しました。なんとこの種、おやつにもなる上にどんなに食べても使っても翌日には元の量に戻っているという不思議アイテムなのです。世界は日に日に便利になっていきますね。
 そこかしこに転がっている色とりどりで大きさも形も様々な貝殻、時たま波打ち際の濡れた砂の中から顔を覗かせてそそくさと横歩きをする小さな蟹。幼い頃に絵本で読んだ通りの海辺の風景はやよいを自然と笑顔にしました。
 いくら自分で決めて始めた旅でも、一ヶ月も妹弟たちや村のみんなに会わないのは初めてのこと。それがやよい自身にも徐々に寂しく感じられるようになっていたところでした。けれどその寂しさも、『旅が終わったらいつかみんなにもこの海を見せてあげたいな』と思うことで少し和らいだようでした。

 「……え?」

 ふと。
 静かに寄せては返す波の音に混じって何かが聞こえたような気がしました。やよいは『空耳かな』と思いながらも、その音がした方向に顔を向けました。

 「あ、やっぱり」

 視線はなだらかな白砂の丘陵の向こうへ。かなり距離がありますが、周りの地形から一カ所だけ高く突き出した崖が見えました。勘違いなどではなく、やはりその音は崖の向こうから確かに聞こえてきます。
 妖精であるやよいは普通の生き物より何倍も耳がよく、また草木や人語を話さない者達の声を聞くこともできます。かなり小さい音なのでまだ曖昧ですが、今聞こえてきている音はどうやら人間の使う言葉と同じもののようでした。

 「えっと、なんだろこの音……声……女のひとの……歌声、かな?」

 やよいはスカートのお尻をぱんぱんと叩きながら立ち上がると、畳んでいた羽根を広げて静かに宙へ浮かびます。ブーツの底からぱらぱらと落ちる砂粒が太陽の光を反射してきらきら輝き、その光の尾を引きながら、やよいは身を翻して崖の方へと向かいました。
 波打ち際を滑るように速度を上げてやよいは飛んでいきます。
 周りには相変わらず貝や蟹、海鳥などの生き物以外見当たらないのですが、崖へと近づくに連れて聞こえてくる音ははっきりとした女の人の歌声に変わっていきました。
 やよいが崖を超えてその先に進むと、そこには海が陸に深く食い込む形で入り江が広がっていました。崖の脇に沿うように浅瀬が続き、そのずっと向こうは川になって山森に直接繋がっているようです。
 先ほどまでの砂浜の代わりにごつごつとした岩肌と所々に生える苔や雑草が目につきます。それに加えて流木や、何か大きな木材が朽ちた固まりが集まってきていました。

 「なんだか不思議な場所。それにきれいな声……あの木の固まりの影から聞こえてくる……っと、私、この姿のままじゃちょっとマズいかも」

 さすがに肩出しでミニスカートで背中から羽根が生えたこの姿を人前に晒してはきっとびっくりされてしまうでしょう。
 それに加えてやよいの身長はだいたい三十センチくらいなので、普通の人間の感覚からすればかなり小さい生き物に見えるはずです。話をするにも不便かもしれません。やよいは手近な岩の影に隠れると、魔法で人間の女の子に変身することにしました。

 「変身変身。んーと……キラメキラリノアサゴハン!」

 呪文に合わせてやよいは右手を斜め上に伸ばすと、人差し指で宙に円を描きました。すると腕に着けた翡翠の腕輪が輝いて、そこから溢れ出した緑色の光のヴェールがやよいの身体を包み込んでいきます。着ているキャミソールドレスが光の粒になって消え全身のシルエットがくっきりと浮かび上がり、そのあと頭の方からヴェールがゆっくり落ちて行くと、身に纏う衣服はキャミソールドレスの代わりに薄い橙色のエプロンドレスに変わっていました。
 身体の大きさも変わり、ご丁寧に前掛けと木製の果物かごまでプラスアルファのプレゼント。変身した後の姿はその対象へやよい自身が持つイメージが大きく影響を与えるので、これはなかなか精密で芸が細かい部類に入るでしょう。どこからどうみ見ても村娘、といった感じです。

 「これでよしと。あ、羽根も隠さなきゃね……んしょっと……」

 でこぼことして足場の悪い岩肌に注意しながら、やよいは静かに歌声がするすぐ近くの朽ち木の陰まで近づき、耳をそばだてました。


   今 溢れるキミはメロディ
   ただひとつ 確かなものは
   キミと紡ぐ メモリー
   ふたり 手をかけた扉


 その歌は、やよいが今までに聞いたことの無い歌でした。
 飛び立つ水鳥のようしなやかで美しく力強い声でありながら聴く者を惹き込むやわらかさと繊細さを併せ持つ、そんな歌声がやよいを包みます。ただ、歌詞や曲調は明るく楽しいものであるのに、時折その中に微かな寂しさが滲んでいるように感じられて、やよいはそれを不思議に思いました。
 しばらく聞き入っていたやよいは、意を決して朽ち木の陰から声の主の前に一歩進み出ます。崩れた桟橋の先、水面に真っ直ぐに突き立った廃材の上。声は確かにそこに腰掛けて歌う女の子のものでした。


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 遠い海のように、或いは真夜中の空のように深い瑠璃色をした髪は腰まで届き、色白な横顔は大人びた美しさと幼いやわらかさを重ね合わせたようです。やよいよりも二つか三つ程年上といったところでしょうか。けれど視界の中に入っている筈のやよいに気付いているのかいないのか、彼女は某かの反応をするでもなく歌い続けています。

 「あのぅ……」
 「……」
 「あ、あのっ!!」
 「……?」

 思い切って声を大にしてみると、彼女はそのとき初めて気がついたという顔をしながら、歌をを途中で止めてやよいの方に向き直りました。

 「あ、あの、歌、すごく上手なんですね!あんまりきれいな歌声だったからどんなひとがうたってるのかなぁって思って私、その……あの……」

 話しかけて歌を中断させた手前、会話の舵をしっかり取ろうとやよいは頑張ります。が、そんなやよいを尻目に当の青髪の少女は真っ直ぐにこちらを見つめ返してくるだけでした。
 正面から見た彼女の顔立ちはそれこそガラス細工のように整っているのですが、やや吊り気味の相貌で見つめられると迫力があるというかなんというか。やよいは『あぅ……』と小さく呻き声を上げて、気まずそうに苦笑いを作りました。

 「……珍しいわ、お客様なんて」

 少女が口を開きます。鈴の音のように軽やかで透明感のある声が聞こえて、やよいの苦笑いもようやくストップしました。

 「あ、あの、私、やよいっていいます。向こうで海を見てたら何か聞こえてきて、それでここまで来たら歌が……えっと」
 「あなた……人間じゃないわね?」
 「あ、はいそうです。ひまわりの妖精です! ……ってあれ?え?あわわわわわわ!?」

 つい普通に本当の事を言ってしまってからやよいは慌てふためきました。けれど『どうしてバレたんだろ……』と渋い顔で首を傾げるやよいとは反対に、目の前の彼女の表情は幾分やわらかいものになりました。

 「別に取って食べたりしないから平気よ。誰かが聞いてるわけでもないし。それにしてもころころとよく表情が変わるのね、あなたは。あの子に似ている……賑やかで良いわね」
 「えへへ、すみませんさわがしくて。えと、あの子っていうのは?」
 「友達よ。私の大事な大事な、ね。……そんなことより自己紹介がまだだったわね。私の名前は千早。歳は15歳。見ての通りの人魚よ。やよいさんは幾つ?」
 「え?あ、私は13歳ですけど……ちはやさんは人魚さんなんですか? あの、絵本に出てくる半分お魚の?」
 「そうよ。へそから下はお魚よ」
 「え?え?でも、足もちゃんとしてるし、服……ちょっぴり珍しいけど服も普通ですよね?」
 「ああ、この足は飾りなの。こんな場所だけれど、あなたのように突然誰かが来たときに驚かれないように見た目だけ、ね。それとこの服は、その友達から教えてもらったものを魔法でかたどっているだけ。『じゃーじ』というものらしいわ。すごく動きやすいし、歌うときの呼吸の邪魔にもならないのよ。あなたも妖精なら、魔法、使えるのでしょう?いつか着てみるといいわ」
 「は、はぁ……」

 落ち着いた外見とは裏腹に、打てば響くように言葉が返ってくることにやよいは安心しました。
 ところで今の彼女の姿は見た人をびっくりさせない為のカムフラージュらしいのですが、それ以前に『そんなぼろぼろの木の上に腰掛けて歌ってるだけでもかなり驚かれる気が……』とやよいは思いました。ですがやよいは空気が読める賢い子なのでそこには敢えてツッコミをいれません。
 その代わりに幾つか浮かんだ疑問を彼女に尋ねてみることにしました。

 「ちはやさんはどうしてここで歌っているんですか?」
 「そうね……歌が好きで、ここが静かな場所だから、かしら」
 「いつもひとりで、ですか?」
 「ええ、日中は殆ど。たまに鳥が飛んでくることはあっても、こんな近付くだけでも難儀な場所に入って来る生き物なんて滅多にいないから。それに夜になれば潮の量も流れも変わってしまって、ここは海の底に沈む。こんな浅瀬に朽ちた船屑が流れ込んで来ているのはその所為。少し殺風景だけれど、慣れれば案外悪くないものよ」

 たとえば近海で嵐に見まわれた船が難破すると殆ど例外なくこの場所に流れ着くのだと、千早はやよいに教えました。そうして新しい漂流物に押し出されるかたちで、古い物も少しずつ何処かへ流れていくそうです。

 「尤も、誰も来ないことに関しては一番近い人里まで馬車を飛ばして丸一日かかるらしいからだけど。単純にこの辺には人が住んでいないというだけ。馬車なんて乗ったことどころか見たことも無いし、あの子からの又聞きだけれど、ここは所謂僻地というものなのね」
 「確かにここまでくる間にはあんまり村なんかは無かったかも」

 ナムコの森から飛んでくる道すがら人里らしいものは幾つかみてきていましたが、それらもこの海が近づくに連れて徐々に無くなっていったことをやよいは思い出していました。頭の中で色々思い出しているとそれが顔にすぐ出てしまうらしく、やよいはその事をまた、千早に少し笑われました。そうしてひとしきり笑い終わった千早が『それじゃあ、そろそろ私の質問にも答えてもらえるかしら?』と返したことで、今度はやよいが色々と答える番になりました。

 「ええと、少し待っていて」

 千早はそう言いながら水面に手のひらを向けて何事が呟きます。すると海面が静かに泡立ち、その泡は集まってあっという間にやよいが両手でやっと抱きかかえられるくらいの大きさの、ひとつの泡の塊になりました。その大きな泡はふよふよとやよいの傍まで漂ってくると、球体から押しつぶしたような平べったい楕円形に形を変えていきます。

 「それに腰掛けて」
 「えっ!?」
 「大丈夫よ。泡のクッションだけど、濡れたり破裂したりはしないから。こちらを見上げて話しをするのも疲れるでしょう?」
 「は、はい……それじゃあ、おじゃまします」

 千早に促される通りに泡のクッションに少しだけ腰を降ろしてみると、若干沈み込むくらいのちょうど良い柔らかさでした。つついてみても指が濡れるでも泡が破裂するでもなく。ようやく安心したやよいは、静かにそれに身体を預けます。やよいがしっかり座った事を確認した千早が人差し指を自分の方に招くように動かすと、クッションはやよいを乗せたまま、またふよふよと浮かんで千早の近くまで移動しました。

 「さてと。それじゃあ何から聞こうかしら」

 先ほど迄のクールな表情とはがらりと変わって、千早はにこにことしながらやよいに話しかけてきます。どこから来たのか、どうしてこんな辺鄙な所に来たのか、ひとり旅なのか、何か目的はあるのか、好きな食べ物はなにか等々。やよいも、久しぶりにたくさん誰かと話すのが嬉しくて、飛んでくる質問に笑顔で答えていきます。大人びた印象の千早ですが、案外ひとりでずっと居るというのは退屈で、ややもすれば寂しかったのかもしれません。

 「――そう、一人前になるために世界を見聞して周りながら、ご両親を探しているのね」
 「はい。ちょうど村を出てから1カ月くらいで、実はそろそろちょっぴり寂しくなってたトコなんです……妹や弟たちのことも気になりますし……」
 「ご妹弟もいるの?」
 「はい。妹がひとりに弟が3人です。下の二人はまたまだあまえんぼで大変なんですケド」
 「良いわね。可愛い盛りじゃないかしら。……私も、前に弟がいたのだけれど……人魚に生まれた男の子は皆、寿命が短くてね。十歳を待たずに亡くなったわ」
 「あ……ご、ごめんなさい……わたし……」
 「あぁ、あなたが謝る事なんてないのよ。確かに前はそれで鬱ぎ込んでいたけれど、今はもう大丈夫」
 「そうですか……。あの、でも、生意気かもしれないですけど、ちはやさんの歌すごくきれいで上手だから、きっと弟さんにも届いてると思います。どんなに離れていてもかんけいないんです。優しい気持ちはぜったい届くんです。だから……」
 「……」
 「えっと」
 「言うことまで……本当に、あの子に似ているわ」
 「えっと、おともだちさんですか?」
 「ええ」

 時々吹く海風で乱れる長い髪を直しながら、千早は思い出の引き出しを開けるように、懐かしげでとても穏やかな顔をしながら話を続けました。

 「弟を亡くした私は毎日悲しみに暮れていたの。ここよりもう少し向こうの浜辺、真っ白で綺麗だったでしょう?弟もあの砂浜が気に入っていて、いつもあそこが見える近くの海で遊んでいたわ。だからあの場所で待っていたら、ふらっと弟が帰ってくるかもしれないと思っていた。そんなこと、在るはず無いとはわかっていたのだけどね」
 「はい」
 「そうしてしばらく、ただ漫然と過ごすしていたある日のことだった。前の日まで誰も訪れることの無かったあの場所でね、人間の声がしたの。人間の女の子の歌う声が」
 「それが、そのおともだちさんですか?」
 「ええ。あの子、春香との出会いだったわ。まぁ私は海の中にいたから、彼女から私は見えていなかっただろうけど」

 後から聞いた話で、と前置きした千早は、そのときどうして彼女がそこに来るようになったのかもやよいに話してくれました。ほんの二年少し前まで、この海の近くには人間のお年寄りばかりが住む小さな小さな村があり、春香はその村に引っ越してきた女の子だったそうです。初めのうちは我慢していた春香も、次第に遊び相手がいない村での毎日を退屈に感じるようになり、それを紛らわせるためにひとりで海を見に来るようになったということでした。

 「春香も歌が好きだったの。けれどそのころは、本当にびっくりするくらい歌が下手でね。あ、声は良く通るし良い声ではあったのよ。ただもう、笑ってしまうくらい音程をよく外していて。私の悲しい気持ちを吹き飛ばすくらいに」

 「あ、あはははは……」

 「おちおち塞込むことも出来なかったから、歌い方を教えてあげることにしたの。今考えてみれば、当時の他人嫌いな私がそんなことするなんて……我ながらどうしてかしらね」

 それがきっかけとなって、彼女は毎日この海に歌いにくるようになったそうです。そうして、初めはただ興味本位で彼女に話しかけた千早も、春香の明るく前向きな性格や優しさに少しずつ惹かれていき、毎日会うことが次第に楽しみになっていったのだと言いました。

 「いつか彼女に『どうしてちはやちゃんは、出会ったときとても悲しそうだったの?』と聞かれてね……弟のことを教えたわ。そしたら、あの子もあなたが言ったように『ちはやちゃんが歌えば、その想いは弟さんにきっと届くよ』って。彼女の言葉で、漸く私は悲しみの渦から抜け出せたのだと思う」
 「じゃあ、ちはやさんが毎日歌っているのは、やっぱり弟さんに届けるってことでもあったんですね! わたし、さっきはなんかえらそうにああ言っちゃって……」
 「気にしなくていいのよ。あなたがそう言ってくれて嬉しかったもの。ひとりで百面相するところも、そうして優しさに満ちあふれているところも、良いけれど、その人を気遣える心が一番良い。……なんだか私の友達は素敵なひとばかりだわ」
 「ちはやさん、わたしとともだちになってくれるんですか?」
 「あら、私はとっくに友達のつもりだったのだけれど?」
 「ほ、ほんとですか……うっうー! やりましたぁ! 旅に出てからはじめてのおともだちです!」

 やよいは嬉しさで思わず羽根を広げて宙を飛び回ります。そんな彼女の笑顔に、千早も花が咲くようふわりと笑って応えました。
 それからふたりは陽がゆっくり傾いていく間、色々な話をしました。
 中でもやよいが気になったのは、その春香という女の子も『自分の歌で誰かにうれしい気持ちや元気をわけてあげたいから歌い手を目指している』という話でした。お年寄りばかりのその村が、少し離れた場所にある大きな街と合併する形で無くなったとき、彼女もまた夢を叶えるためにその街へと引っ越していったのだと、千早はそう話しました。

 「アイドル……そうね、春香の夢の一番の完成形はそうなのかもしれないわね。彼女自身は市民劇場にいる歌のお姉さんくらいで十分だとは言っていたけれど」
 「やり方、全然ちがうけど、なんだか似てますよね?」
 「ええ。とても素敵なことだと思うわ」
 「えへへ……あ、でもでも、これでさっきちはやさんが歌っていたときに感じたこと、わかったかも」
 「私が歌っていたとき?」
 「はい。歌は元気で楽しい感じだったのに、なんだか時々すごくさみしそうな音がまざってました。……それはやっぱりはるかさんに会いたいからなんじゃないかなって」
 「……」
 「あ、ごめんなさい、わたしまた生意気なこと……」
 「いいえ。確かに、もう二年も会っていないから私もすごく寂しいわ。でも、それは彼女との約束でもあるの。夢を叶えたら会いに来るって、だからそれまで私は毎日歌って待つって。こんな岩場にいるのも、彼女の向かった街の方向にここが一番近いから。……なんて、やよいさんに言われたとおりの寂しさが滲んだ歌声では、春香に叱られてしまうかもしれないけどね」
 「ちはやさん……」
 「せめて私が人魚でなければ。空を飛ぶ鳥のような翼があれば、春香に会いにいけるのに。そう思う日もたしかにあったけれど、それは仕方のない事だわ」

 そう言って目を瞑ると、千早は黙り込んでしまいました。決して辛そうな、悲しそうな顔では無いのですが、逆にやよいにはそれが寂しく感じられました。彼女の横顔を間近で見つめながら何か自分に出来ることはないかと考えるやよいは、もう一度羽根を広げて、今度は静かに千早の目の前の空中にその身を踊らせました。

 「ちはやさん、あの、ぜんぜんへたっぴなんですけど……わたしの歌を聞いてもらえませんか?」
 「……? 構わないけれど、突然どうしたの?」

 やよいの言葉に少し首を傾げてから、千早は落ち着いた顔に戻って頷きます。そんな彼女にありがとうございます、と小さく応えてからや、よいは目を閉じて深呼吸をすると、胸の前で両手を握り合わせて歌い始めました。


  いじ・いじ ひとりぼっち
  あれ・これ なやむけれど
  しゃに・むに がんばるきみは
  ぴか・ぴか ひかってる
  ぼくの すきなことば わけてあげるよ
  ゆめを つなぐじゅもん
  こころ それぴったんこ さみしくないさ
  はしれ すすめ ゆうきだして
  やっちゃった でもね くじけないで
  わっはっは そうさ えがおみせてよ
  なみだ なんて ばいばばいさ


 伸びやかで元気な歌声。ごく簡単な歌詞に乗って送り出されるやよいの声には、言葉には代えづらいれど、聴く者の寂しい気持ちや孤独を感じる心を外に引っ張り出して追い出してしまうような、そんな不思議な力が込められていました。
 歌を終えたやよいは、少し照れたように頬を赤らめてぺこりと千早に向かってお辞儀をしました。

 「私の好きな歌です。ちはやさんも、きっとはるかさんも、いろんな事を考えて悩んで、それでも二人の心がつながっているから毎日歌い続けたり、離れていても頑張っていられるんです。がんばるってこと、ことばにしたら短いですけど、それがどれくらい大変なことなのかみんなわかってますよね。だけどあきらめないで、失敗しても考えこんでも笑って前に進む、そしたらきっと大丈夫。……そんな気持ちになればいいなって、そう思いながら歌いました」

 

 「ちはやさん、ちょっとだけでも元気になってもらえましたか?」
 「……」
 「や、やっぱりわたしなんかの歌じゃダメでしたか?」
 「あ、いいえ違うの。ごめんなさいね。私、妖精の歌声というのを聞いたのは初めてで」
 「あぅ……最近練習サボってたからおもった以上にひどかったかも……」
 「そんなことないわ。言葉にするとチープな感じがしてしまうけれど、あなたの気持ちは、しっかりと伝わった。少なくとも私の歌には無い、あなたの声には、なんていうのかしら……人を支える力がある。それは妖精の歌が全てそうなのではない……あなたの歌だから、そんなふうに感じられる」
 「そ、そんなことないですよ」
 「いいえ。少なくとも、やよいさんの初仕事は成功だと思うわ。私が、あなたの歌声に元気をもらって、幸せな気持ちになれたのは間違いないもの」
 「えへへ……そういってもらえるとうれしいかもです」
 「やよいさん」
 「はい?」

 両手を胸の前で合わせて照れているやよいの髪に、千早は優しく触れました。風で少し乱れた前髪を直してあげると、やよいは目を瞑って千早のすることに身を任せます。次の言葉を探している間しばらくそうしいていた千早は、伸ばした指先で、そして温かい手のひらで、静かにやよいの頬を包みます。

 「あなたは良い子ね。久しぶりに出会ったひとがあなたで、私は本当に嬉しいわ」
 「わ、わたしも、ちはやさんがすこしでも元気になってくれたみたいでうれしい……です」


――。


 赤々と照る夕日を背に、やよいは千早と別れの挨拶を交わします。
 妖精は基本的に昼間太陽の下で活動し、日が沈むと一日を終えます。それは彼ら彼女らが草木や花に端を発するものが多いからであり、太陽光の恩恵を受けられない夜は空を飛ぶにも簡単な魔法を使うにも多くの魔力を消費してしまうからなのです。殊に旅をしている妖精は普段から無理をしがちなので、やよいも日が沈む前にはその日身体を休める樹や草花を見つけるようにしていました。

 「なんだか今日の私は随分おしゃべりだったけれど、本当はもっと静かなのよ? きっと久しぶりに誰かと話せたのがすごくうれしかったのね。……こう思えるようになったのも春香の影響なんだけど」
 「そういうの、ステキだとおもいます。出会いは偶然のものだから、大切にしなきゃ」
 「一期一会ね。私も素敵なものだと思うわ。……さて、あまり長く引き止めるのも悪いから、そろそろお別れね」
 「はい。お話のとおりでちょっと海の水が増えてきたみたいですから、ちはやさんがおうちに帰れなくなっちゃったら大変ですし」
 「ふふ、ありがとう。あなたもなるべく早く休む場所をみつけるのよ」
 「はい。では、ちはやさん、お元気で。いつかきっとまた会いに来ます。そのときは弟たちも連れて。きっと必ず、ぜったいにまた会いに来ますから」
 「ええ、楽しみにしているわ。私はいつまでもここにいるから。やよいさんも、立派な妖精になりなさい。それから、たくさんの生き物を幸せにしてあげて。今日私がしてもらったように、ね」
 「はい、がんばります!」

 返信魔法を解いたやよいは、小さな身体をめいっぱい大きく動かして千早にお辞儀をしました。そのお辞儀に応えるように千早も海からたくさんの細かな泡を空に飛ばします。夕焼けの空に浮かぶ泡はシャボン玉のように輝いて、やよいが向かおうとする方向へと美しいトンネルを形作りました。

 「それじゃあちはやさん」
 「ええ。……そうだ、もしあなたの行く先で春香に出会ったなら、千早は元気にしていると伝えて! あなたの為に毎日歌って待っていると、彼女にそう伝えて!」
 「わかりました! お会いしたら必ず!」
 「春香は頭に赤いリボンを二つ結わえているわ。歌が好きで、何も無いところで転ぶリボンの娘なの! どうかお願いね!」
 「はい! それじゃあ、ありがとうございました! また会いましょう!!」

 泡が形作る路を抜けると、やよいはまっすぐに飛んでいきました。
 千早は一度自分の頭上を見上げて小さな溜息をついてから、濃い橙色に染まった海に飛び込みます。飾り物の人間の足ではなく、蒼く輝く細かな鱗の尾と長い艶やかな髪を水面に揺らして。
 彼女は暫くの間気持ち良さそうに波間にその身を横たえてから、満足そうな笑顔を浮かべて海に帰っていきました。




三章へつづく。
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かるーあP

Author:かるーあP
絵を描いたり文字を書いたり下ネタを綴ったりする。

基本的には移り気だけど、時と場合で一本気なひと。

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